今回は、ほんの少しのことが左肩の痛みの原因となり、演奏者を苦しめていたというケースを紹介します。
Clinical Rheumatology (クリニカル・リウマトロジー) という医学雑誌に書かれていた内容です。
※この記事では、論文の内容をざっくり紹介し、黄色い枠の中で私なりの要約や感想や意見を書いています。
バイオリン演奏による左肩の痛み:手首の腱癒着が原因となるケーススタディ
プロのバイオリニストは、演奏による体の痛みと隣り合わせです。長年の演奏活動の中で、肩や首、腕などに痛みを抱えるケースは少なくありません。本稿では、手首の腱癒着が原因で左肩の痛みを訴えていたバイオリニストの症例を紹介します。
患者と症状
54歳の女性、プロオーケストラのバイオリニスト。過去8年間、左肩の痛みに悩まされ、断続的に活動を休止せざるを得ない状態でした。特にG線(最も低い弦)の4~5ポジションを演奏する際に、左肩と上腕に耐え難い痛みが生じ、演奏活動に支障をきたしていました。
診察と原因究明
当初、左肩の可動域制限や筋力低下は見られませんでした。そこで、演奏時の姿勢を詳しく観察したところ、 通常の演奏姿勢と比べて、患者の左腕がわずかに外転していることに気づきました
詳細な身体検査の結果、約11年と13年前に受けた左手首のガングリオン切除手術の痕跡を発見。その手術痕周辺に触れると、患者は痛みを訴えました。
さらに、受動的に手首を屈曲させながら指も屈曲させると、腱が引っ張られて手術痕に痛みが生じることがわかりました。このことから、指伸筋腱の癒着が疑われました。
一言でいうと、手首の手術跡の部分の、指を伸ばすすじが癒着しちゃっていて、そのせいで構える際、左腕が外転してしまっていたそうです。
おそらく手首を内側に曲げづらく、そこを庇う為、左手を外転させることで補っていたのだと思います。そのことにより肩に痛みを覚えたということです。
治療と経過
癒着を解消するため、約10分間かけて、指を完全に屈曲させた状態で手首を受動的に屈曲させるモビライゼーションを繰り返し行いました。その結果、伸筋腱の可動域は健側と同じレベルまで回復しました。
驚くべきことに、モビライゼーション直後、患者は通常の演奏姿勢で痛みを感じることなく、問題のあった高ポジションを演奏することができました
その後10年間、患者は演奏活動を継続することができ、重度の左肩の痛みは再発しませんでした。
モビライゼーションとはストレッチみたいなものです。
わかりやすく体操の内容を紹介すると、
「指を曲げた状態(拳を握る)で、反対側の手で内側に曲げさせる。」
と言った感じです。
そんな簡単なことで長年悩んだ肩の痛みが消えるとは驚きです。
考察
この症例は、一見関係なさそうな手首の腱癒着が、バイオリン演奏における特殊な身体の動きによって肩の痛みにつながることを示しています。
癒着は、手首と指の関節が反対方向に動く日常動作では大きな問題を引き起こさないため、患者自身も気づかないケースが多いと考えられます。
今回のケースでは、手首の屈曲と指の屈曲を同時に行うバイオリン演奏の動作が、癒着部分を伸張させ、肩の痛みにつながっていたと考えられます。
論文を読んで一言
左肩の痛みの原因が、指の腱にあったというケースは初めて聞いたので驚きました。
今回のケースは手首の可動範囲が狭まり、腕の外転で補った結果による痛みでしたが、他にもちょっとしたことで、演奏時の身体の不調につながっていることはあるだろうなと改めて思いました。
今後レッスンする上で色々気をつけてみようと思います。